以下の情報は後援会討議資料等で公開されている情報を基に作成しています。
生まれ年 1980年生まれ
拠点情報 比和町
最終学歴
・国立広島大学学校教育学部中学校教員養成課程技術専攻中途退学
・埼玉県立熊谷高等技術専門校木造建築科修了
主な職歴
・(株)チェッカーサポート
・広島県立庄原実業高等学校環境工学科実習教諭
・広島土壌医の会設立
・里山クラフター協会設立
・備北エンターテーメント開業
キャッチフレーズ
挑戦が生まれ、応援し、未来が育つ おもしろい庄原へ。
基本的な政策タイトル
・小中高から県立広島大学まで、市まるごと教育連携の強化
・農業を楽しく稼げる産業へ
・様々な人材が集まり成長できる町へ
※後援会パンフレットより抜粋
※後援会リーフレットより抜粋
| 話者 | 内容 |
|---|---|
| 中村 | 今日は、庄原市で政治の世界に挑戦されている堀内富夫さんをお招きし、堀内さんのお考えや、これからの庄原をどのようにしていきたいかについてお話を伺います。堀内さん、本日はよろしくお願いいたします。 |
| 堀内 | よろしくお願いします。 |
| 中村 | まずは、堀内さんご自身について簡単な自己紹介をお願いできますでしょうか。 |
| 堀内 | 堀内富夫と申します。庄原市比和町の出身で、現在も比和町で活動しています。30歳を過ぎてから埼玉に移り、8年間関東で活動した後、Uターンで庄原に戻りました。帰郷後は6年ほど県立庄原実業高校で教員として勤務し、昨年3月に退職しました。現在は「備北エンターテイメント」という屋号で個人事業を立ち上げ、庄原のために何かできることはないかと日々活動しております。よろしくお願いします。 |
| 中村 | ありがとうございます。では早速ですが、今回、堀内さんが政治の世界に挑戦しようと思われたきっかけについてお話しいただけますか? |
| 堀内 | はい。私は昨年の3月まで庄原実業高校で教員として勤務していました。その後、思うところがあり退職し、今年の5月に「備北エンターテイメント」という屋号で個人事業を開業しました。元々音楽活動をしていた経験から、エンターテイメントを通じて地域を盛り上げたいと考え、活動を開始したのです。地域の行事やイベントに参加したり、実家の農業を手伝ったりする中で、さまざまな側面から庄原市と関わってきました。しかし、活動を続けるうちに、より広い視野を持ち、政治的なアプローチで関わらなければ、地域の根本的な課題は解決しないのではないかと考えるようになりました。今の自分に最大限何ができるかを考えた結果、政治の世界へ挑戦することを決意しました。 |
| 中村 | 「根本的なところの解決をしたい」とおっしゃっていましたが、具体的にはどのような点を指しているのでしょうか?もう少し詳しく教えていただけますか。 |
| 堀内 | 「根本的」というのは、文字通り、地域にとって最も基礎となる、手をつけなければならない部分だと考えています。「備北エンターテイメント」を立ち上げ、エンターテイメントで地域を盛り上げようと活動してきましたが、イベントなどによる盛り上がりは一時的なものに留まってしまうのではないかと感じ始めました。そうではなく、もっと本質的な部分、例えば教育や、食を支える農業、さらには産業全体といった、市民が庄原市で収入を得ながら、楽しく、面白く暮らしていける基盤そのものを改善していく必要があると感じています。 |
| 中村 | つまり、「備北エンターテイメント」の活動を通じて地域を面白くしようとした際に、個人の力だけでは限界がある、もっと多くの人を巻き込む必要があると感じ、壁にぶつかったということでしょうか? |
| 堀内 | まさしくその通りです。発信力の限界も感じましたし、例えば音楽イベントでは音楽好きな方しか集まりにくいという側面もあります。しかし、「政治」というテーマであれば、市民の皆さんの生活に直結するため、より多くの方が関心を持ってくださいます。だからこそ、政治の場から変えていく必要があると考えました。 |
| 中村 | 現在、庄原市において最も大きな課題の一つとして挙げられるのが人口減少と少子高齢化です。これらは避けて通れない問題だと思いますが、堀内さんはこの現状をどのように捉え、今後どのように取り組んでいくべきだとお考えですか? |
| 堀内 | 人口減少と少子高齢化についてですが、正直なところ、私は人口が減ること自体を必ずしも「課題」だとは捉えていません。これはある意味、自然な流れ、自然の摂理なのではないかと考えています。かつての高度経済成長期以降、各地方がまるで「小さな東京」を作るかのように発展を目指した時期があったように思います。その無理が、今、本来の適正な規模へと戻る過程にあるのではないかと認識しています。 |
| 中村 | 「小さな東京」というのは、地方から東京へ人が流出することではなく、各地方自体が東京のような都市を目指した、ということですね? |
| 堀内 | はい、そうです。例えば広島県内や、もっと言えば庄原市自体が都市化を目指したような流れです。そうした流れの中での人口減少は、ある意味必然であり、今はむしろ正常な状態に戻りつつある過程だと考えています。東京での生活経験から、土地に対して人口が過密な状態は異常だと感じました。その点、庄原市の現在の面積に対する人口密度は、非常に暮らしやすい、良いバランスなのではないかと個人的には思っています。 |
| 中村 | 現在の庄原市の人口密度は県内でも低い方ですが、それが暮らしやすさにつながっていると。ただ、行政サービスやインフラ維持の観点からは、税収の問題など、現状の人口規模では厳しい面もあるのではないでしょうか。市民の間にも危機感があるように思いますが、その点はどのようにお考えですか? |
| 堀内 | そこは非常に難しい問題です。おっしゃる通り、政治の観点から見ると、インフラ整備などには費用がかかり、現状の人口規模では財政的に厳しい面があります。かつての人口が多かった時代のインフラをそのまま維持するのは現実的ではありません。しかし、現在利用しているインフラ、例えば道路などは、生活に不可欠であり、守っていく必要があります。ですから、無理に人を集めたり、お金を生み出すことだけを考えるのではなく、「今の規模で、どうすれば豊かに暮らしていけるか」という視点を持つことも重要だと考えています。 |
| 中村 | 人口減少を自然な流れと捉えつつも、実際には今後も減少が進み、2050年には半減するという予測もあります。空き家の増加や担い手不足が深刻化するという懸念はあります。その点については、どのような対策をお考えですか?現状維持が良いとしても、その維持自体が難しい状況になりかねません。 |
| 堀内 | その点については、私が最も重要視している「教育」に力を入れたいと考えています。庄原で生まれ育つ子どもたちに、まずは庄原を好きになってもらいたい。そして、一度は市外へ出たとしても、「また庄原に戻りたい」と思えるような環境を作ることが重要です。そのために、子どもたちが庄原での生活に愛着を持ち、将来的に戻ってくる選択肢を持てるような教育や地域環境の整備に取り組みたいと考えています。もちろん、そのためには雇用の場となる産業の活性化も不可欠です。個人的な願いとしては、今ある家を子どもたちが継いで、無理なく暮らしていける、お墓を守っていけるような状況が理想ですが、そのためにも教育と産業の両面からのアプローチが必要だと考えています。 |
| 中村 | 教育に力を入れるとのことですが、具体的に、現在の教育に加えて、どのような点が必要だとお考えですか? |
| 堀内 | 私自身、教育現場にいた経験から、いくつか思うところがあります。一つは、生徒一人ひとりと向き合い、彼らの本音や本当にやりたいことを引き出す姿勢がもっと必要だということです。現在の学校教育は「ティーチング(教えること)」に重きが置かれがちですが、生徒の個性を伸ばし、主体性を育む「コーチング」的な関わり方が、大人には求められるのではないでしょうか。もう一つは、地域との連携強化です。私も現在、比和小学校で歌唱指導や掃除の手伝いなどで関わらせていただいていますが、子どもたちは地域の人との触れ合いを非常に喜びます。学校だけでなく、地域全体で子どもたちをサポートしていく体制が、もっと必要だと感じています。比和町の「比和まるごと家族」という考え方のように、地域全体で子どもを育てる意識が大切です。 |
| 中村 | 堀内さんご自身もUターンされた経験をお持ちです。子どもたちにも「戻ってきたい」と思える庄原にしたいとのことですが、ご自身の経験で、Uターンを決意したきっかけや、そこで感じた庄原の魅力について教えていただけますか? |
| 堀内 | 関東で8年間暮らしました。埼玉から東京へ通勤していたのですが、毎日満員電車に揺られる生活に、ある日ふと「土に触れたいな」と思ったんです。都会での仕事や遊びも、よく考えてみれば必ずしもそこでなければできないことではないなと感じ、それなら実家のある庄原に戻って、もう一度やり直そうと決意しました。都会の喧騒に少し疲れていたのかもしれません。 |
| 中村 | 「土に触れたい」という感覚、よく分かります。私も都市部から帰省した際に、草の匂いや自然の力強さに癒された経験があります。庄原の美しい風景や、ゆっくりと眺める夕焼け、満天の星空など、当たり前になっているかもしれませんが、これらは本当に価値のあるものですよね。 |
| 堀内 | そうなんです。例えば街灯の少ない場所で見られる星空など、日常の中で少し外に出るだけで体験できる豊かさは、庄原の大きな価値だと思います。ただ、そこに住んでいると、その価値に気づきにくいのかもしれません。 |
| 中村 | 生活する上での課題もあります。特に高齢の方にとっては、インターネットでの買い物への抵抗感や、生鮮食品などの日常の買い物の不便さなどが挙げられるかと思います。 |
| 堀内 | 確かにおっしゃる通り、高齢の方々へのサポートは重要な課題ですね。 |
| 中村 | ここまでは、比較的近い将来に取り組みたいことについて伺いました。もう少し長期的な視点で、20年後、30年後の庄原市がどのようになっていてほしいか、堀内さんの理想のイメージをお聞かせください。 |
| 堀内 | 私のテーマの一つに「面白い庄原へ」というものがあります。この「面白い」というのは、単に賑やかで楽しいということだけではありません。日々の暮らしの中で、さまざまな「面白さ」を感じられる状態を目指しています。私にとって一番面白いと感じるのは「挑戦」すること、そして挑戦を通じて自分が成長することです。ですから、20年後、30年後には、今の子どもたちが、子どもの頃の好奇心や主体性を失わずに大人になっていてほしい。例えば、地域の課題について「こうしたらいいんじゃないか」「私はこれがしたい」と、活発に意見を出し合い、行動できるような、そんな街になってほしいと願っています。保育園や小学校低学年の子どもたちが、何か問いかけると元気よく手を挙げる、あの姿のまま大人になってほしいのです。 |
| 中村 | 「面白い庄原」という言葉を選ばれたのには、何か特別な思いがあるのでしょうか。「楽しい」とは少しニュアンスが違うように感じますが。 |
| 堀内 | 私の中では、「楽しい」はどちらかというと一時的な感情や瞬間的な体験を指すイメージです。一方で「面白い」は、それで終わりではなく、興味や活動が次々と転がり、発展していくような、継続性や深まりを含む言葉だと捉えています。面白さが更なる面白さを呼び、雪だるま式に広がっていくようなイメージを込めています。 |
| 中村 | その「面白さ」を生み出す原動力は、子どもたちであり、子どものような心を持った大人たちである、ということですね。 |
| 堀内 | はい、そうです。最終的には、市外から来た人が「庄原には、大人なのに子どものように目を輝かせて、いろんなことに挑戦している人がたくさんいるな」と感じるような、そんな街になれば最高ですね。 |
| 中村 | それでは最後に、市民の皆さん、特に若い世代に向けて、堀内さんからのメッセージと、ご自身の強みについてお話しいただけますか。 |
| 堀内 | 私が特に訴えかけたいのは、やはり若者の皆さんです。小学生から大学生、専門学生まで、これから社会に出ていく若い世代です。私自身、まだどこか子どもっぽい部分があり、それが若者と同じ目線で、同じ土俵で話せるという強みにつながっていると考えています。以前、「里山クラフター」という活動を立ち上げ、義務感ではなくレクリエーションとして楽しみながら里山保全に取り組む試みをしました。そのような感覚で、若者の皆さんの忖度のない本音をしっかりと受け止め、それを庄原市の未来に繋げていく声を上げていきたい。それが私の思いであり、役割だと考えています。 |
| 中村 | 行政に対して、具体的に「ここを変えてほしい」「ここに取り組んでほしい」といった要望はありますか? |
| 堀内 | 行政に対して特に訴えたいのは、庄原実業高校との連携強化です。実業高校は県立ですが、庄原市の基幹産業である農業を専門的に学べる重要な学校です。しかし、県立であるが故か、これまで庄原市との連携が十分ではなかったように感じています。これは非常にもったいないことです。庄原市の農業をさらに盛り上げていくためにも、市と高校がもっと二人三脚で協力し、一緒になって地域産業の活性化に取り組んでいくべきだと考えています。行政には、その連携を積極的に推進してほしいです。 |
| 中村 | なるほど。市と市民、そして実業高校を繋ぐ架け橋としての役割も期待されるところですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。 |
| 堀内 | こちらこそ、ありがとうございました。 |
庄原市の最大の課題は、「様々な資源(ポテンシャル)を活かしきれていない」ということです。これは、モノの面でも、人の面でも言えることです。
庄原市には、豊かな自然環境、歴史ある文化、比婆牛をはじめとする誇るべき地域資源があります。しかし、それらを十分に活かした産業が生まれておらず、雇用の場も限られています。特に、若者が挑戦できる環境が整っておらず、多くが都市部へ流出してしまっているのが現状です。
また、人材の面でも、地域には素晴らしい技術や知識を持った方々が多くいるにもかかわらず、それが次世代に継承されにくい状況にあります。これは教育の在り方にも関わる問題であり、庄原市の子どもたちが地元の魅力を知り、将来ここで生きていく選択肢を持てるような仕組みを整えることが重要だと考えています。
庄原市の資源を活かしきるためには、「地域内の可能性を引き出しつつ、市外の企業や人材と連携すること」が必要です。
具体的には、農業を中心に新たな産業を生み出し、市外の企業や大学と協力して、先進的な技術やマーケットの視点を取り入れます。例えば、スマート農業や地域資源を活かした加工品の開発、観光や教育と結びついた体験型ビジネスの創出など、地域内に新しい仕事を生み出す仕組みをつくります。
また、人材の育成という観点では、地元の高校・大学と連携し、実践的な教育プログラムを整備します。地域の企業や農家と協力しながら、現場で学ぶ機会を増やし、卒業後にそのまま地元で活躍できる道筋を作ります。さらに、庄原市を「若者が挑戦できる町」にするために、起業支援や副業の促進、地域内でのマッチングの場を設けるなど、多様な働き方を実現する制度づくりも進めていきます。
私は6年間学校教育に携わり、「庄原市だからこそできる教育を実現したい」と強く感じてきました。庄原市には小学校から大学までの教育機関が揃っています。この強みを活かし、一貫した教育を整備すれば、地域の魅力を学びながら、自らの未来を切り拓ける子どもたちを育てられます。また、教育は学校で終わるものではなく、卒業後の学習支援や地域とのつながりを持ち続ける仕組みも必要です。
私は、庄原市を「ただ住む場所」ではなく、「新たな発見や挑戦に満ちた町」にしたいと考えています。農業、ものづくり、芸術など、地域資源を活かし、ワクワクする仕事や学びの場がある町です。想うだけではなく、実現するには、市政に関わるべきだと決心しました。
「ここで暮らしたい」「ここで働きたい」と思える、おもしろい庄原市を実現するため、皆さんとともに挑戦を続けます。